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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)907号 判決

控訴人 峯山木工有限会社

被控訴人 豊田義太郎 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、被控訴人の方で、

控訴人の主張に対し、

(一)(1)被控訴人義太郎は昭和二十六年四月八日町会議員選挙に立候補し、義村庚子郎は同月十三日町長選挙に立候補したものであつて、選挙告示のなされた同月三日より遅れていたため、他の候補者に追いつくのに懸命の努力を必要とした。殊に町会議員選挙は峯山町で今までに見られない激しい選挙運動が展開されたのである。本件総会の開催せられた四月十七日はいわゆる選挙の終盤戦に入る時期であつて、とうてい選挙以外のことを考えるような余裕のない実情である。(2) 被控訴人が総会招集の通知を受けた直後理由を述べて選挙終了までの延期を懇請したにかかわらず、番場正夫、羽田喜四郎はこれを拒絶した程であるから、被控訴人が一応総会に出席の上延期を求めても、これを承諾しそうにもないことは明白である。(3) 控訴会社定款第二五条によると社員が代理人によつて議決権を行使するには他の社員を代理人とすることを要する。ところが本件総会において出席した社員は番場、羽田だけで、他の社員松本仁造、吉村彌太郎、野村幸之助は右両名に代理させている。被控訴人が反対派の立場にある右両名に議決権を代理行使させよということは、事実上不可能を強いるものである。

(二)  控訴会社における議決権の個数は被控訴人義太郎二十五個、被控訴人奉次二十四個計四十九個、羽田喜四郎二十一個、番場正夫二十三個、野村幸之助二十個計六十四個であつて、松本仁造、吉村彌太郎各十四個計二十八個の動向によつて本件決議とは反対の結果となる。右両名は峯山町における有力者であり被控訴人の依頼により社員となつて貰つた第三者的立場の人であり、会社の紛争にまきこまれることを避けようとしている。従つて被控訴人が自ら右両名に実情を訴えたならば、右両名が羽田、番場に議決権を代理行使させるようなことは起らなかつたであろう。しかし右当時被控訴人が右両名を訪問して依頼することは、選挙運動と混同される恐があるから、当然これを差し控えなければならなかつた。番場、羽田はこの間の消息を熟知していたからこそ、選挙運動の重要な時期に総会招集の日を定めたものである。右事情を顧慮しないで、被控訴人両名がたとえ出席したとしても総会の決議は同じ結論に達するから、決議の方法の欠点は軽微なものに過ぎないというのは、正当ではない。

(三)  控訴人主張のように総会招集が一日も延期を許さないような急迫した事情が存するものとすれば、有限会社法第三二条商法第二七二条(改正前)により解任しようとする取締役の職務執行停止又は職務代行者の選任を裁判所に請求することによつて充分その目的を達することができるのである。

と述べ、

控訴人の方で、

(一)  羽田喜四郎、番場正夫は、被控訴人が選挙運動のため総会に出席できないことを予想してその期日を定めるような悪意はなかつた。そればかりでなく、総会期日の指定が不公正かどうかは、招集者の主観によつて決すべきものでなく、客観的にこれを定めなければならない。当時の選挙運動は低調であり、本件総会の期日と投票日との間にはなお数日間の余裕があるし、総会開催の場所も被控訴人の住所から遠くないから、選挙運動期間中であつても総会に出席することは不可能とはいえない。もし当日長時間総会に出席していることができないとすれば、一応総会に出席した上事由を述べて延期することもできないはずはない。又総会には代理人を出席させることも許されるから、その措置も講ぜられるはずである。このように考えると選挙運動期間中に総会期日を定めたことは、たとえ不公正との非難はあつても、著しく不公正であるということはできない。

(二)  控訴会社社員総数七名中、被控訴人両名を除く五名の議決権の数は過半数を占めるから、被控訴人両名が当日の総会に出席していたとしても、総会の決議の結果に影響を及ぼすものでない。右決議を取り消すことによつて控訴会社も、被控訴人両名を除く多数の社員も何等の利益を受けるものではないから、その取消を求める本訴請求は棄却せられるべきものである。

(三)  番場正夫が総会において議長に就任したのは満場一致の議決に基くものであるから、仮にそれが定款に違反するものとしても、このような軽微な手続上の欠点を理由として決議の取消を求めることは許されない。

と述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴会社が木工業者の企業整備により昭和十七年木工業者である被控訴人両名、羽田喜四郎、番場正夫、野村幸之助、木工品の需要家である松本仁造、吉村彌太郎の社員七名、資本の総額八万円を以て設立せられ、昭和二十年三月役員改選により、被控訴人義太郎が代表取締役に、羽田喜四郎、野村幸之助が取締役に、番場正夫が監査役に、義村庚子郎が社員外から専務取締役に選任せられたこと、羽田、野村、番場は昭和二十五年十二月十三日京都地方裁判所峯山支部に控訴会社の業務及び財産の状況を調査させるため検査役の選任を申請し、同月十四日弁護士前尾庄一が検査役に選任せられ、昭和二十六年三月二十九日その検査報告書が同裁判所に提出せられたこと、同年四月三日峯山町長、同町会議員選挙の告示があり、被控訴人義太郎は町会議員に、義村庚子郎は町長に立候補したこと、被控訴人義太郎は被控訴人奉次の実子、義村は同被控訴人の女婿であること、同年四月十四日付監査役番場正夫名義で控訴会社の臨時社員総会を招集したこと、被控訴人両名から総会期日変更の申出があつたが、番場、羽田がこれを承諾しなかつたこと、同総会において番場が議長となつたこと及び同総会において会議の目的事項中検査役検査報告の件と役員改選の件とを決議し、被控訴人義太郎及び義村を役員から除外したが、定款変更の件は議決しないで閉会したことは、いずれも当事者間に争がないところである。

そこでまず本件臨時社員総会招集の手続が著しく不公正であるかどうかを判断する。成立に争のない甲第二、第三号証、第五、第六号証、乙第一、第二号証、原審及び当審証人義村庚子郎、野村幸之助、当審証人吉村彌太郎の各証言、被控訴人豊田義太郎に対する原審及び当審における本人尋問の結果、被控訴人豊田奉次に対する当審における本人尋問の結果並びに原審証人番場正夫の証言及び控訴会社代表者羽田喜四郎に対する原審及び当審における本人尋問の結果(但し、本件総会は選挙運動に差支えるものと考えなかつたという主旨の部分を除く。)を総合すると、次の事実を認定することができる。すなわち、昭和二十年三月以来控訴会社の実権は代表取締役被控訴人義太郎、専務取締役義村庚子郎の両名に掌握せられ、羽田喜四郎、野村幸之助、番場正夫は、会社の経営面から疎外せられ、報酬も少かつたので、その子又は弟の名義で控訴会社と同一の営業の木工業を営むようになり、両者の間に対立関係が生じた。控訴会社では昭和二十二年七月定時総会を開いたまま役員の改選期を経過し、羽田等から総会招集の請求があつても、被控訴人義太郎等はこれに応じないので、羽田等は会社の業務の執行に関し不正の行為がある疑ありとして前示のように検査役選任の申請をするに至つたものである。羽田、番場、野村は昭和二十六年四月六日相談の上同月十二日臨時社員総会を招集する予定を立てたが、同月七日に至り決議の手続についてその意見を求めるため当日出席することを希望した前尾弁護士の都合により、同月十七日に招集することを定めた。そして被控訴人義太郎が町会議員に立候補したのは同月八日であつたが、その立候補したことは、番場も羽田も同月十四日付で招集通知を発するまでにはよく知つていた。この招集通知に対し直ぐ被控訴人両名から番場、羽田に対し、被控訴人義太郎及び義村の選挙運動で多忙であるから、同月二十三日の投票の終るまで総会を延期せられたい旨の申出があつたが、前示のとおり拒絶せられた。右町会議員選挙は十八名の定員に対し三十名足らずの立候補者があつて相当激しい選挙運動がくりひろげられていたばかりでなく、総会開催の同月十七日は選挙運動の重要な時期にあたつていた。被控訴人奉次も近親の被控訴人義太郎及び義村の選挙運動に忙殺されていた。これらの事情は人口五千余に過ぎない峯山町のこととて、羽田、番場にも判明していた。被控訴人等と羽田、番場等との両派の対立は相当深刻であつたから、被控訴人両名が本件総会に出席するならば、必ずしも簡単に一、二時間で議事が終了するものとは予測できなかつた。松本仁造、吉村彌太郎は控訴会社の社員中白紙の立場にある者であり、その動向によつて両派のいずれかが多数を制するようになるのであるが、被控訴人両名としては選挙運動の期間中であるからその働きかけは実際上困難であつた。松本、吉村は羽田等の依頼により同人等に議決権を代理行使させているから、被控訴人両名は松本、吉村に議決権を代理行使させる余地なく、羽田等に代理行使させることも事実上不可能であつた。このようにして本件臨時社員総会は被控訴人両名欠席のまま開催せられたのである。

「以上認定の事実に従えば、被控訴人義太郎は羽田等の要求にかかわらず長期間にわたり社員総会を開催せず、前示検査報告書も提出せられたことであるから、羽田、番場等が速かに社員総会の開催せられることを希望するのはもつともであるけれども、昭和二十六年四月六日一旦同月十二日に招集を予定しながら、翌七日に至り前尾弁護士の都合により同月十七日と定めた程であるから、たとえ羽田、番場等が右七日当時被控訴人義太郎が立候補することを予測しなかつたとしても、招集通知を発するまでにはその立候補したことをよく知つていたばかりでなく、招集通知に対して直ぐ選挙を理由に同月二十三日以後まで延期を求めて来ており、当時の選挙の実情として選挙以外の他事を顧みる余裕のないことは羽田、番場にも解つていたし、総社員七名に過ぎない小規模の会社のことであるから、期日を変更する手続といつても大して手数を要するものでない。たとえ、羽田、番場等が被控訴人義太郎、義村に不正行為があるものとの疑念を抱いていたとしても総会招集を同月二十三日以後まで更に数日間延期することも許されない程急迫した事態にあつたものということはできない。そうすると右総会招集は少くとも被控訴人両名から理由を述べてその延期を求めて来た際これに応ずべきものであるのに、これを拒絶して開催を敢行したのは、招集の手続が著しく不公正なものといわなければならない。」

原審証人番場正夫の証言並びに控訴会社代表者羽田喜四郎に対する原審及び当審における本人尋問の結果中前示除外部分は、前掲各証拠と対照すると信用することができず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

控訴人は控訴会社の社員総数七名中被控訴人両名を除く五名の議決権の数は過半数を占めるから、被控訴人両名の出席により総会の決議の結果に異動を生じないと主張するけれども、前段認定のように松本、吉村両社員は白紙の立場にある者であり、被控訴人両名が選挙運動中でなく右両名に働きかける余裕があれば、必ずしも被控訴人等と反対の立場に立つたものと断定することはできないから、控訴人の右主張は失当である。

控訴人は、被控訴人義太郎等は控訴会社の最高責任者であるからたとえ選挙に立候補して多忙であつたとしても万難を排して本件総会に出席すべきものであるのに、選挙運動期間中であることを理由として総会決議取消を請求するのは、信義の原制に反し権利の濫用であると主張するけれども、被控訴人両名から選挙運動で多忙を理由に総会招集の延期を求めて来た際これに応ずべきものであつたことは前段認定のとおりであつて、選挙運動は総会招集延期を求める口実に過ぎなかつたものということはできないから、控訴人の右主張は採用しない。

控訴人は、有限会社法第四一条、商法第二五一条により、被控訴人の本訴請求は棄却せられるべきものであると主張するけれども、有限会社法第四一条中商法第二五一条の規定を準用する旨の部分は、有限会社法の一部を改正する法律(昭和二十六年法律第二一四号)によつてこれを準用しないことに改正せられ、商法第二五一条の規定は、商法の一部を改正する法律(昭和二十五年法律第一六七号)によつて削除せられたものであつて、有限会社法の一部を改正する法律附則第三条第一項、商法の一部を改正する法律施行法(昭和二十六年法律第二一〇号)第二条第一項の規定によると、いずれも右改正後の新法は、特別の定がある場合を除いては新法施行前に生じた事項にも適用せられるものであり、この点について新法施行後もなお旧法を適用する旨の特別の定がないから、右各新法の施行せられた昭和二十六年七月一日以後は、有限会社の社員総会に旧商法第二五一条の規定を適用する余地がないものといわなければならない。控訴人の右主張も採用できない。

そうすると、右決議の日から一月内に提起せられたこと(有限会社法第四一条、昭和二十五年法律第一六七号による改正前の商法第二四八条、前示商法の一部を改正する法律施行法第二条第一項但書参照)が記録上明らかな被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その他の争点について判断するまでもなく、正当としてこれを認容すべきものであつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。そこで民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 松村寿伝夫 熊野啓五郎)

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